M.R.T(Mika's Record of thought)

当ブログでは、批判を受け付けています。

「頑張った自分へのご褒美」は要らない

今日は実習頑張ったから……。今日はバイト8時間頑張ったから……。今日で期末テストが終わったから……。

 

っとか言って、タピオカ飲んじゃうんだよね(笑)

 

だけど、頑張った後の自分への“ご褒美”って辞めた方がいいんじゃないかと思うんだよね。

 

今日は私が自分へのご褒美を辞めようと思う理由を二つ紹介しようと思うよ。

 

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ご褒美を辞めるべき理由その①“頑張ることを癖にしない”

 

 “ご褒美”って頑張った自分に送るものだよね。

 

だけど、本当は“頑張る”ことってよくないと思うんだよね。

 

だって、頑張って実習をやっても、頑張ってバイトをしても、頑張ってテスト勉強をしても、頑張ってない人の方がうまくいくことって結構ある。というより、頑張らない方がいろいろうまくいくことの方が多い。

 

本当は、いかに“頑張らない”かって方が大事なのかもしれない。

でも、“頑張らない”って、サボるとか、気を抜くとか、雑にやるってことではないよね。

 

<今>やるべきこと、目の前のことに“集中”すること、一つ一つできることを全力でやることが“頑張らない”コツだと思うんだよね。一見、頑張ってるように思えるかもしれないんだけど、私はそうではないと思う。

 

「実習嫌だな~」とか、「接客って疲れるんだよな~」とか、「暗記ってつまらないよな~」っていう、“マイナスの先入観”があるから頑張ることになる。でも、美味しい食事を頑張って食べないし、仲のいい友達と頑張って雑談はしないよね。

 

 

“マイナスの先入観”って持っても持たなくても、自分のやるべきことは変化しない。“マイナスの先入観”を持つことによって、それをやる必要がなくなったり、何かが解決するんならいいんだけど、そんなことはないよね。

 

って言っても、「そんなことは分かってるよー分かってるけど嫌だな~って思っちゃうのー!」って思う人も多いと思うんだけど、解決策としては“マイナスの感情”に気が付いたときに、その都度深呼吸して一旦頭の中を空にするってゆう作戦がいいんじゃないかと思う。

 

マイナスな感情⇒無

 

はじめは難しいかもしれないけど、繰り返していけば、自然とマイナスな感情を“無”に変換する癖がついてくる。

 

目的は感情を無くすことではなくって、無駄な感情を頭の片隅に寄せて、目の前のことに“集中”すること。

 

 

“集中”して取り組めば必ず“学び”が得られる。

 

“頑張り”に対する“ご褒美”ではなく、“集中”に対する“学び”に価値を感じたいよね。

 

 

ご褒美を辞めるべき理由その➁“過去への執着”

 

“ご褒美”って、タピオカだったり、ちょっと高級な美味しいごはんだったり、普段は買うのを躊躇う高いバックだったり、お金が出ていくものが多いんだよね。

 

でも、“ご褒美”だからってゆうのは、それを食べたり買ったりする理由としては妥当じゃないと思うんだよね。

 

食事をするのは、健康のためであったり、コミュニケーションの場としてであったり、雰囲気を楽しんだりするためだよね。バックを買うのは、これから先その中に物を入れて持ち運ぶため。

 

<今>自分がする行為は、<未来>の自分への投資がいいよね。

<過去>の自分が頑張ったから、<今>の自分にご褒美を送るのは、<過去>の自分に執着している証拠だと思う。

 

“頑張った自分へのご褒美”の時間は、<今>できることに全力を注いでいないことを意味するよね。

 

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<おわりに>

中学生、高校生の時はテストのたびに「テスト終わったら○○食べに行こ~!」「○○しに行こ~!」って友達と約束していたな。

 

でも、この“ご褒美”は悪くないかなって思う。なぜなら、この場合の食事や遊びは“ご褒美”をきっかけとした友達との有意義な時間になりやすいから。

 

自分一人での“ご褒美”で得られることは少なく、どちらかというと時間やお金の損失につながりやすい。だけど、友達と新しい食べ物や新しいことに挑戦するきっかけとしての“ご褒美”はいいかもしれないね。

 

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<今日の一言>