M.R.T(Mika's Record of thought)

当ブログでは、批判を受け付けています。

【店員のミス】加害者をつくらないボランティア精神について

先日、ちょっと損した出来事があった。

 

「ちょっと損した?」ってゆうと、どれくらいの損を想像するかは人それぞれだと思うんだけど、今回のちょっとの損ってゆうのは、“60円”。

 

たった60円かもしれないんだけど、状況によっては、「たった60円」じゃないんだよね。

 

今日の、私の食費用ミニ財布の残高は「643円」。

290円(+税)の温玉がのったうどんにするか、それとも230円(+税)の大根おろしだけがのったうどんにするか。

 

食費一日500円ゲームにおいて、60円の差は大きいと思った私は、230円の大根おろしの方を選んだの。

 

でも、うどん屋さんのシステムは、つくる人と会計の人が違って、できたうどんを見てレジを打つ。そのとき事件は起きた。

 

私が買ったのは汁の無い、おろししょうゆうどん。レジでうたれたのはぶっかけのうどん。314円払ったかな。

 

もちろん、そのとき気が付けば訂正がきいたんだろうけど、気が付いたのはレシートを捨てて、うどんを食べてるとき。「あれ、314円っていつもと同じ値段じゃない?」って感じで気が付いた。

 

そういえば、店員さんが「ぶっかけの小でよろしいでしょうか?」って私に聞いてたのも覚えてる。本当はよろしくないんだけど、よろしいでしょうか?って聞かれたら、よろしいですって言っちゃうんだよね(笑)

 

適当な返事をしている証拠だよね(反省)

 

店員さんが集中してレジやってるんだから、私も集中して受け答えしなきゃダメだよね。もっと言うなら、店員さんが集中してなかったとしても、客(ひと)として集中して答えるボランティア精神みたいなものは必要だと思う。

 

客である私が、店員さんのミスに気が付けば、店員さんが後からミスに気がついて罪悪感を覚えるってこともないよね。

 

加害者をつくらない配慮って私は大事だと思うな。

 

こんな私は、うどん屋さんで、加害者をつくってしまった。

 

店員さんが後から気が付くかは分からない。

だけど、後から気が付いて「あ~!さっきの人ぶっかけじゃなくておろししょうゆだったー申し訳ない~」って思わせたら、ちょっとしたことだけど罪の意識を持たせることになるよね。

 

被害者側は、「ま~いっか」とか、「人間ミスもあるよな~」とか、「人手不足だから店員さんも疲れてるのかな~」って適当な解釈でやり過ごすこともできるよね。

だから、被害者側は被害者であることを自ら辞めるという選択ができる。

 

だけど、加害者側はそうはいかない。もちろん、「しょうがないか~」でやり過ごすことはできるんだけど、良心を持ったひとなら記憶が薄れるまで「申し訳ないな~」ってゆう思いが消えないよね。加害者側は被害者が存在する(存在すると思っている)限りずっと加害者になってしまう。

 

だからこそ、被害者にならない精神が重要だと思う。

 

一見、お金を多く払うことは悪いことでないように感じられるけど、本質的には加害者をつくるという意味で悪いことをしていると私は思う。

 

加害者をつくらないために私ができた行動って、やり取りに“集中”して、店員さんのミスにその場で気が付くことだったんだよね。

 

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<おわりに>

 

何気ないやり取り、何気ない会話、日常の何気ない行動に“集中”することって、一日を全力で生きることにつながるよね。

 

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 <今日の一言>

 色味が変化するグラデーションは絵でも写真でも表せない~夕方の空を見ながら~