M.R.T(Mika's Record of thought)

当ブログでは、批判を受け付けています。

「持たない暮らし」について考える

最近(?)、「持たない暮らし」ってゆうのが流行ってるみたいで、興味を持ったので実践してみようかなとういう気持ちが少しだけ湧いてきました。

 

「持たない暮らし  本」でググるとたくさんの本が出てきました。

片っ端からこれらの本を読んでいくのもありなんですが、ここはいったん「持たない暮らし」の魅力を自分なりに考えてみようかなと思います。

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☆「持たない暮らし」の魅力その①“選択する能力が身につく”

まぁ、家の中の必要なモノを残して、不要なモノを捨てる作業をするんだから、当たり前の話なんですが(笑)

だけど、当たり前のことがどういう風に当たり前なのか、納得のいくように証明するのって難しいよね。1+1は2じゃないかもしれないし。

 

……話を戻して。

「自分にとって何が本当に必要なモノだろう?」と問うという行為が大事なんじゃないかな。「あれも要る!」、「これも欲しい!」という状態は、本当に必要なモノを“選択”するということから“逃げ”ています。

 

人生における重要な“選択”に対して、逃げずに向き合える能力って大事だよね。

 

☆「持たない暮らし」の魅力その➁“過去に執着しない”

これは、「持たない暮らし」をテーマにした“本”にはだいたい書いてあるんじゃないかなと予想されます。なぜなら、自分が「捨てたくないな~」って思うものって、だいたい思い出が詰まっているものだから。高校生時代にマネージャーが試合のたびにつくってくれたお守りとか、数年前から愛用しているチャックの壊れた筆箱とか、中学生の時に友達と撮ったプリクラとか……。

 

もう、試合だってとっくの昔に勝敗は着いたわけだし、絶対チャックが壊れてない筆箱の方が使いやすいし、プリクラだって大学生の今下敷きに貼って眺めるなんてこともしないし……。そんなことは分かってる、分かってるけど捨てられないってゆうあたりが、当に“執着心”だなって思います。

 

だけど、思い出ってモノに詰まっている訳じゃないはず。でも、モノを見ると充実していた時の思い出や、楽しかった思い出が蘇る。そして、〈今〉と比較して、「あのときはよかたな~」なんて思う。

 

でも、〈過去〉の思い出に陶酔することって、ある意味“依存”だし“逃避”だなって思う。

 

ってことは、〈過去〉に執着したくなるくらい、〈今〉とっても依存したくて、逃げたい状態にあるんだなって自分で気が付けるきっかけになるかもしれない。

 

「〈今〉、自分は何から逃げてるんだろう?」って冷静に問える能力って大事だよね。

 

☆「持たない暮らし」の魅力その③“お金に執着しない”

別に思い出があるわけじゃないんだけど、高かったんだよな~って思って捨てられないものがあります。でも、使わないし本当は要らないもの。人は値段が高いものには価値があると思いがちだけど、本当は3万のg-shockもCASIOと書かれた1000円の腕時計も、私にとっての価値はそんなに変わらないはずなんです。というより、軽量でコンパクトで文字盤の見やすい1000円の時計の方が価値が高いんじゃないかと思います。

 

でも、値段の高い時計の方がつくるのに手間暇をかけているとか、部品の質が違うとかっていうことがあると思います。確かに、腕時計を“芸術作品”としてみるならそれでもいいのかもしれません。“芸術作品”に値段をつけるのはとっても難しいです。海に沈む夕日にいくらの価値があるかと問われても私は答えることができません。

 

だけど、私は腕時計を時間を見る“道具”として使います。

モノの“値段”と自分にとっての“価値”は比例しません。

 

高いモノを手放す勇気は、「自分にとって本当に価値あるものとは何か?」を問うきっかけになるんじゃないかな。

 

☆「持たない暮らし」の魅力その④“持つのは使うため”

一年ほど前に一眼レフカメラを買いました。買った当初は面白くって使いまくるんだけど、しばらくすると棚の上の飾りになりました。また、私は本をちょくちょく買うのですが、一回読んで満足した本は本棚に並んでいきました。年に1回読み返す程度。

 

カメラは飾るモノではないし、本は並べるモノではない。カメラはシャッターを押して、写真という新しい価値を産み出すもの。本は、内容を自分の知識とか経験と結び付けて生活に役立てるもの。使わないものは、持っていても意味はありません。

 

モノを持つこと、それ自体に全く価値はないはずです。モノは使われて初めて価値が産まれます。

使わない“道具”は、もはや自分にとって価値のあるものではないです。

 

モノを減らしていくことで、「持っているモノを精一杯使う」ということが習慣化されていくんじゃないかな。

 

“持ってる知識”、“持ってる肉体”を精一杯使うことって大事だよね。

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<おわりに>

本当は、ここまで「持たない暮らし」の魅力について考えなくても、過去に「持たない暮らし」を実践してきた賢者たちの本を読めば簡単に答えは手に入るはず。

だけど、精一杯自分の“持っている”知識と経験を使って考えぬいた末に本を読むのと、全く考えずに本に答えをもらうのとでは雲泥の差だと思います。

 

答えを見てからテストを受けても、自分の実力は分からないし、自分がどこでつまずいているのかも分からない。それだと、いつになっても解き方が分からないまま。

 

答えのない、人生における難しい問題の解き方を考える能力って大事なんじゃないかな。

 

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 <今日の一言>

全世界の時計が1秒ずれても誰も気が付かない